伝統的財務分析から企業価値評価へ

商社の好業績は日本経済の構造的変化のシグナルか?

各社とも 2012 年 3 月期の決算が出そろってきました。その中で特に私の関心をひくトピックがあります。それは総合商社の決算です。

総合商社は 2012 年 3 月期の決算で好調なところが多いようです。原油、鉄鉱石などの資源価格の高騰がひとつの理由とされています。原油価格が高騰したのは、東日本大震災の影響もあるのではないでしょうか。

商社の好業績は Panasonic や SHARP などの製造業の低迷と好対照をなしています。この裏側に日本経済の構造的な変化が潜んでいるのではないかというのが私の仮説です。決して一時的なものではない構造的な変化です。そういう変化が日本で進行中なのではないか。

まだまだ妄想の段階を超えるものではありませんが、その対立軸は「輸出」対「輸入」というものかもしれません。また、こちらの方が妥当性があるような気がしますが、日本経済が「製造業」から「投資」へシフトしつつあるということなのかもしれません。いずれにしても、好調な商社-不調な製造業という図式は一時的な現象ではない可能性があると私は思います。

投資銀行のような商社

そこで、日本の総合商社各社の財務分析をしてみようと私は思いました。何か分かるのではないかと思ったからです。最初は簡単に分析できるかなと思っていたのですが、とんでもない落とし穴がありました。

伝統的に言えば、日本の総合商社は貿易・流通などの事業を行っている会社であると考えられるでしょう。ですが、その実態はもはや総合商社=商売人なんて図式ではありません。総合商社の財務諸表を見れば分かりますが、商社の資産は投資のウェイトが非常に大きくなってきています。各社とも総資産の 1/3 程度が投資その他の勘定に計上されています。

もはや商社の本業は投資銀行のようなものになっています。

伝統的な財務指標は無意味

こうなってくると総合商社を伝統的な手法で財務分析することはできなくなります。特に収益性の評価を行うことは非常に難しくなります。

そもそも売上という数字が信用できなくなります。単に私の知識不足なだけなのかもしれませんが(詳しい方ご教授ください)、商社が投資という形で参加したプロジェクトの生みだす収益は売上という形では計上されないはずです。とするならば、各社の IR 情報から簡単に手に入る「売上」という数字は、必ずしも総合商社の revenue を表す数字ではなくなります。

また、利益という概念も曖昧になってしまいます。普通の事業会社であれば営業利益を目安にしていれば大抵事足ります。ですが、投資銀行化した総合商社の利益を考え始めると営業利益では間に合わなくなります。何故なら、営業利益には投資に対応するリターンが計上されていないからです。

たとえ話をするとこんな感じです。ある年俸 800 万円のサラリーマンがいるとしましょう。この人は年間 600 万円を生活費などに使うとします。そうすると、年間 200 万円が手元に残る計算になります。この場合、年間の利益率は (800 – 600) / 800 = 25% と考えてもよいでしょう。ですが、この人が副業をしているとすればどうでしょうか。副業で年間 1000 万円稼いでいるとしたらどうでしょうか。この人の利益率は何を分母にして何を分子にすればよいのでしょうか。ほら、話がややこしくなってきたでしょう。

もはや、総合商社の売上という数字を使って分析することは、真実を歪めてしまうことになりかねません。また、利益という数字を扱う際も注意が必要になります。売上も利益も駄目、そうすると売上高利益率という概念も役に立ちません。そもそも売上という概念が成り立たないのですから。

今や、総合商社の財務分析に伝統的な財務指標は役に立ちません。さらに言えば、投資を主体とする業態に変化してしまった企業の分析に伝統的な財務指標は使えないのです。

企業価値評価(valuation)の意味

こうなってくると、総合商社の業績を評価しようと思えば、俄然、キャッシュフローベースでパフォーマンスを測定するしかなくなってくるような気がします。

昔、私が企業価値評価(valuation)の講義を受けた時、この方法論について「そういうものなのかな?」としか感じませんでした。その時は面倒くさい方法だなという印象しか持たなかった。ですが、このように投資が主体になってしまった企業を評価しようとすると、どうしても企業価値評価を意識しないと仕方がありません。

かつて、ソニーが EVA を導入すると言ったとき、何故あんな面倒な業績指標を使うのか私には不思議で仕方ありませんでした。ですが、今なら何となく分かります。中央にある本社が個々の事業を投資の束として管理し始めた時、既存の業績評価指標が役に立たなくなってしまったのでしょう。

今後、日本でも実業から投資に軸足をシフトしていく会社が増えていくと思います。その流れが決定的になれば、日本でも企業価値評価の考え方が一層受け入れられていくことになると思います。

あ、私も商社の分析するために valuation 勉強しなおさなきゃいけない…。