酔狂人の豪奢な趣味としての哲学

哲学が趣味って変ですか?

なかなかカムアウトしづらいことですが、私は哲学書を読むことが好きです。最近は忙しくてなかなか読めませんが、20代の頃は狂ったように哲学とか思想の本を読み込んでいました。

こういうことを言うのはとても気恥ずかしいことです。普段生活していて、哲学・思想の話をする人には出会うことは非常に稀です。だから、哲学とか思想なんて誰も興味を持たないことだと思いこんできました。むしろ、恥ずべきことだという感覚に私は苛まれてきました。ましてや、哲学書・思想書を読むのが趣味だなんて誰にも言えない…。

でも、最近、気持ちが少し変わりつつあります。開き直ってもいいんじゃないか? 好きなものを素直に好きと言うことは自然なことなんじゃないか?そう考えるようになってきました。

哲学は何の役にも立たない

哲学をやっても何の役にも立ちません。これは断言できます。

哲学と言うのは知っても知らなくても普段の生活に何の変化ももたらさないようなことを延々と考える営みです。こんなものに時間を費やしたところで人間の社会が良くなるわけでもなければ悪くなりもしません。今日も明日も明後日も、太陽は東から昇って西に沈んでいきます。自然界では飽きることなく同じことが繰り返される。哲学をやったところで、太陽は西から昇るわけでもない。

哲学に何か有用な位置づけを与えようという試みは、そもそもからして不毛な作業です。そんなことはやらない方がいい。哲学は本質的に遊びです。そんな遊びが何かの役に立つという幻想なんて無粋もいいところです。哲学は極めて贅沢な趣味人の遊びです。

それでいいんじゃないかな?

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