「あなた」の反逆

図書館はあなたが何を読んだかを知っている

読売新聞の 2012/05/28 付けの記事にこのようなものがあります。

図書館「次のお薦め」波紋…読書履歴は個人情報[YOMIURI ONLINE: 2012/05/28]

この記事を読む限り、図書館での貸出履歴を使ってリコメンド機能を実装するという動きが波紋を呼んでいるようです。図書館で借りた本の履歴が民間企業の手に渡りマーケティングに活用される。今までは図書館での貸出履歴は一定期間で闇に葬られていた(らしい)です。ところが、その情報が企業の手に渡り、恒久的に記録されて活用される…。

あなたがどんな本を読んだかを図書館は知っています。そして、貴方の個人情報は図書館を経由して社会の中に記録されていく。その情報は迂闊な事では消えません。民間企業の中で徹底的に使いまわされます。

少し怖い話だと私は思います。

Facebook の実名強制という洗脳

私は個人情報は秘匿されるべきだと思っています。私は個人情報をできるだけ洩らしたくありません。そんなの当然だろうと思うのですが、このところ社会は真逆の方向に動いていたのですね。

その流れの一端は Facebook にあります。私は 2008 年ごろから Facebook を使い始めました。日本人の中では早めに使い始めた方だと思います。その当時は Twitter の宣伝で日本中は躍起になっていて、まだまだ Facebook は注目されていませんでした。

今から考えると騙されたかな?とすら思うのですが、当時の私は Facebook の言う完全実名制に乗っかりました。匿名から実名へという流れ、これは不可避の流れだろうと考えたのです。Facebook は散々「実名を使うべき」と喧伝していましたし、実際に殆どの人が実名(っぽく見える名前)で Facebook を利用していました。なので、これが自然なのだろうと私も思いこんでしまいました。

ですが、今から考えると、これは洗脳に近いのではないかなと思います。何回も何回も「匿名は駄目だ、実名がいいんだ」と言われ続けると、人間というのは弱いもので、そう考えるようになってしまいます。そうして実名という個人情報を Facebook に差し出してしまうようになるのです。しかも、しぶしぶ差し出すのではなく、自ら進んで個人情報を差し出すようになるのです。

私の場合はまだまだ実害は少ないと思います。Facebook にはあの凄まじい量の個人情報記入欄がありますね。好きな音楽は何か?国籍はどこか?学歴はどうか?どこの会社に勤めているか?果ては信仰する宗教まで書かされるようになっています。おまけに SNS という性格上、誰とどのような人間関係を構築しているかまで丸分かりです。私はこれらの情報を殆ど書き込まずに使ってたので、Facebook から見れば随分と食えない客だったと思います。馬鹿正直にあれを埋めていたらと思うと… ちょっとぞっとしますね。

私はもう滅多なことでは Facebook にログインしていません。

顔の見えない「大衆」から、顔の見える「あなた」へ

私はこのような実名強制=個人情報の自主的提供の流れを「顔の見えない大衆から、顔の見える「あなた」へ」という物語で捉えてみたいと思います。

この物語は表向きを見れば実に美しい話です。「あなた」のパーソナリティを公開することで「あなた」は充実した人間関係をネットの上でも構築できます、と。世界中をかけがえのない「あなた」の群れで埋め尽くしましょう、と。ですが、その裏側ではその「あなた」に価値が付けられて取引されているわけです。本当は価値のある「あなた」の情報をタダでネット企業に差し出してしまった。Facebook の場合、その情報の価値が山のように膨れ上がって、つい先日のような史上最大級の企業価値となって株式市場で取引されるようになったのです。

個人情報を提供することで「あなた」は、さらに素敵なものが手に入ります。リコメンドです。このリコメンドというやつは、表向きは「「あなた」の欲しいものはこれではありませんか?」と語りかけてきます。ですが、その言わんことを身も蓋もなく言ってしまえば「「あなた」が欲しいものはこれですよ」と言っているようなものです。「あなた」が欲しいものは、あなた以上にネット企業の方が知っているのです。「あなた」は考える必要がありません。

顔の見える「あなた」、それは搾取される「あなた」でもあります。

洗脳から目覚める「あなた」

これは、それほど新しい言説ではありません。実に古くから言われてきたような言説だと思います。つまり、ネットで個人情報を晒しまくるなんて正気の沙汰じゃない!という言説です。全然新しくも何ともありません。

このような苔の生えたような言説があるにもかかわらず、実名強制=個人情報の自主的提供という流れができたのです。実に不思議ではないですか?冷静に考えれば、個人情報を手にして一番得するのはネット企業側です。個人情報の提供者にそれほどメリットがあるとは私には思えない。それにもかかわらず、社会が実名強制の流れに向かった。これこそ、私が「洗脳」と呼ぶ所以です。

その当時は実名公開賛成だった私ですが、随分冷静にこの現象を眺めることができるようになってきたと思います。個人情報を自主的に提供させるように仕向ける流れは好ましくないと私は思います。名前も含めた個人情報をどの程度まで開示するかは利用者側が決めるようにするべきです。まず、利用者のリテラシーを高めるようにしないといけない。その上でどのように自分をプレゼンするかを決められるようにしないといけない。「あなた」を強制してはいけません。「わたし」を決めるのは私なのです。

私は実名公開の流れの反動が来るのではないかと予想しています。あまりにも行きすぎた実名公開圧力という洗脳から醒める「あなた」が多数出現してくると思うのです。私の感触ではその流れは現在進行形ではないかと感じています。そして、それは毒抜きという意味で良い流れだと私は思っています。

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