生産性を高めると損をする

生産性という言葉を好む IT 技術者

私も随分と長い間、IT 業界に身を置いてきました。ここで言う IT 業界というのは B to B のビジネスモデルを取る業態のことを想定しています。具体的には企業向けに企業情報システムの構築をサポートする業務を行う業態のことです。

こういう業態の中で長い間暮らしていると、どうしても IT の “T” の部分、すなわち技術の事を考えざるをえません。以前も、ちらりと書きましたが、私はハッカーになることを断念したタイプの人間です。以前は随分と技術論ばかり考えていました。この記事は、かつての自分に対する反省の意味を込めて書いています。

技術者というのは「生産性」という言葉が大好きです。とにかく、四六時中、どうすれば生産性を高めることができるかを考えてしまうのです。より優れた技術を採用しよう、なぜならば、新しい技術を採用すれば生産性が高まるから。自分自身の技術力を高めよう、なぜならば、自分の技術力が高まれば、より一層の生産性が実現できるから。より素早く、より高度なものを生み出せるようにしよう。生産性を高めることは万能薬である。

でも、ちょっと待ってください。生産性を高めることは本当に万能薬なのでしょうか?

実は生産性を高めると損をしてしまう場合があるのです。

生産性向上は売上を減らす

企業内の情報システム構築を請け負う SIer や IT コンサルといった業態の場合、普通は「人月」を単位として原価計算が行われます。

簡単に説明すると、あるプロジェクトの原価を計算しようと思えば、まずそのプロジェクトに必要な人と期間を見積もります。あるプロジェクトを完成させるために、N 人掛かりで M か月かかるとしましょう。そうすると、そのプロジェクトの規模は N * M 「人月」であると言われます。そして、(悲しいことだと私は思いますが)人には値札が付いているのです。これは人月単価と呼ばれます。先ほどのプロジェクトに投入されるマンパワーが人月単価 P 円だとすると、このプロジェクトの原価は N * M * P 円となります。

このようにして算出された原価にマージンを上乗せして販売金額が計算されます。ちなみにこのプライシング方式のことは一般にコストプラス方式と呼ばれます。この販売金額をもとにユーザと契約を結んでプロジェクトに着手するわけです。

お気づきになりますか?この原価計算システムの中には「生産性」なるパラメータは一切入っていないのです。販売金額は原価に関する関数になっているので、結果的に「生産性」は販売金額=売上に影響を与えません。少なくとも、「生産性」を高めたところで売上高増加の成り立つ仕組みなどは何処にも入っていないのです。

むしろ、このような原価計算システムの世界においては「生産性」を高めると損をすることになります。良く考えてみてください。「生産性」が高まるということは先述の算式において N または M が小さくなることを意味します。プロジェクトに投入する人の数が少なくて済む、あるいは、プロジェクトに要する期間が短くて済むということです。そうするとどうですか?原価が下がってしまいますね。そして、販売金額=売上も下がってしまうのです。

生産性を高めて、人月単価、すなわち P が上がってくれれば問題ないのですが、世の中そんなに甘くはありません。顧客との価格交渉は一番シビアな部分です。人月単価なんて生産性を多少高めたところで迂闊なことでは反映されないのです。

残念ながら、生産性の向上は売上の減少をもたらしてしまうのです。

問題の本質はインセンティブ設計にある

このように書いてしまいましたが、私には技術者の気持ちが痛いほど分かります。技術者だって一生懸命に周囲に貢献したいと思って頑張っているのです。そして、技術者が影響を及ぼすことができる部分は N と M の部分なのですね。だから、この部分を一生懸命改善しようとする。ですが、個々の最適化が必ずしも全体の最適をもたらさないように、技術者の努力は結果的に業績の低下を招いてしまう。

私は技術者の頑張りを否定しているわけではありません。そうではなくて、もっと広い観点から問題を眺めないといけないと言っているだけです。

ここでの問題の本質はインセンティブシステムの設計という点にあります。これは報酬体系の問題なのです。生産性の向上が売上高の向上に寄与しないのは、販売価格の決定がコストプラス方式に依っているからです。販売価格と製造原価が独立した計算体系になれば、この問題は緩和されていきます。

例えば、ソフトウェアのパッケージ販売を考えてみます。このような業態は販売価格と製造原価が独立しています。販売ライセンスは単位当たり幾らで価格が決まります。その製品を製造するのに要した原価に依存していません。また、ゲームソフトを作るような場合も同様ですね。他にも、例えば Google のようなネット系の企業であっても同様です。彼らは販売金額=売上の決定要因が製造原価と連動していません。

このような業態に限って、生産性の向上が初めて意味を持ちます。逆に徹底的な生産性向上が要求されます。生産性を高めて製造原価を徹底的に切り詰めることが至上命題になります。その裏側で売上を伸ばす工夫をすればよいのです。うまく行けば、この業態は凄まじい利益を獲得することができるようになります。

ただ、この「うまく行けば」というのはかなりの曲者です。うまく行かない場合なんて山ほどあるのです。この「うまく行く/行かない」というのは、結局、リスクの問題です。原価と販売価格の間に連動性を持たないようなインセンティブシステムは非常にリスクが高いのです。失敗すれば大火傷を負ってしまいます。逆に原価と販売価格が連動するようなコストプラス方式の場合はリスクが低くなります。だって、掛った費用は必ず回収できるような価格付けのシステムなのですから。

整合性のある努力をしよう

この手のお話を技術者にするとかなり嫌われます。この手の話をした瞬間に、その人は「生産性という錦の御旗に弓を引く朝敵・逆賊」扱いされること請け合いです。めちゃくちゃに嫌われてしまう…。

ですが、私は別に技術者を貶めたいわけではありません。単に「余りにも無邪気な生産性至上論」を戒めたいだけなのです。生産性を高めるべきという議論には、ほぼ必ずと言っていいほど、今回書いたような議論が抜け落ちてしまいます。これは非常に危険なことだと私は思います。「地獄への道は善意で敷き詰められている」生産性の議論を聞く時、私はこの言葉を思い出さずにはいられません。

何度も言いますが、私も技術論が大好きです。技術的側面を論じることの重要性を否定はしません。ですが、技術を論じることと同じぐらいに、売上を上げ、コストを下げ、結果的に利益を出していくということは重要なのです。

私はエンジニアリング(技術)とマネジメント(経営)を整合性ある形で融合させるべきだと考えているだけなのです。

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