技術者は夢を語れ-IPv6 の夢

馬鹿にされ続けた技術者

1 人の人間にとって 10 年はとても長い時間です。10 年のうちに人は色々な経験を積みます。各々が様々な人に出会い、お互いに語り合い、時には仲違いするでしょう。10 年の間に人は様々な風景に出合い、様々な音楽を聴きます。そして、喜びと悲しみを味わう内に 10 年は過ぎていきます。

1 人の人間はどの位長く夢を見続けることができるのでしょうか?そして、どの程度まで長く夢を追いかけ続けることができるのでしょうか?私には 10 年という時間は、1 人の人間が夢を見続けるには長すぎると感じます。ましてや、20 年、30 年という期間、夢を追いかけ続けることは凡人にはなかなかできることではないでしょう。その夢が実現される見込みの薄いものだとしたら尚更です。

IP(インターネットプロトコル)という技術があります。これは現在のインターネットの基礎となる技術と考えておけば差し支えありません。この技術にはバージョンが付いています。現在使われているのは IPv4 という技術です。そして、その後継と目され続けた技術が IPv6 です。

IPv6、それは技術者の夢でした。そして、それは儚い夢でした。何時、日の目を見るとも知れぬ夢でした。

技術者は待ちました。ずっとずっと待ち続けました。技術者は 10 年待ちました。しかし、夢が現実のものになりそうにはありませんでした。

10 年夢を見続ける技術者を人は馬鹿にしました。

「今のままでいいんじゃない?何でそんなのが必要なの?」

「技術なんて使われてナンボでしょ?利用者の事考えてる?」

「今の技術で何とか問題を回避できないのか?それを考えるのがお前らの仕事だろ!?」

「これだから技術バカは困るんだ!」

馬鹿にされても技術者は諦めませんでした。そして技術者は待ち続けました。

10 年も経てば、さすがに夢も色褪せてきます。昔描いた夢の絵も随分しわくちゃになってしまいました。その紙には所々シミが付いています。ペンで書き込んだ線も色がかすれて見えにくくなってしまいました。だけど、技術者はその夢を記した紙を持ち続けました。

待ち続けるうちに、長い不景気がやってきました。技術者はまたもや馬鹿にされました。

「そんな金にならないことしていないで、すぐにでも金になることをヤレよ!」

「こんな陳腐化した技術じゃ駄目だって?でも金になるからいいんじゃないの?」

これだけ馬鹿にされても技術者は待ちました。だけど、もう待てないかもしれない… 技術者も弱気になることが多くなってきました。

そして、いよいよ20年が過ぎようかという 2012/06/06、夢はほんの少しだけ叶いました。

World IPv6 Launch です。

IPv6 は世界を変える

IPv6 は世界を変えると私は思います。IPv6 は人間が考えられる全ての物に一意な番号(アドレス)を割り振る可能性を開きます。今までは、あらゆる物を識別する番号(アドレス)を持つことはできませんでした。番号(アドレス)そのものに限りがあったからです。今や全ての物が固有の番号(アドレス)で識別できるようになりました。そして、それはあらゆる物がお互いに通信することを可能にします。

あなたの車とあなたの携帯端末が通信できたら?車の移動経路が全てあなたの携帯端末で確認できるようになります。また、ガソリン(電池?)の残量や速度もあなたの端末上に表示されることでしょう。ガソリンスタンドでガソリンを補給してもお金は払いません。車自身がガソリンの消費量を知っています。あなたの車はネットワークに接続され、あなたが今月実際に使用したガソリンの量だけ請求が回ってくることになります。

新幹線とあなたの携帯端末が通信できたら?目的地への到着時刻があなたの端末に表示されることになるでしょう。新幹線に乗るための切符だって要らなくなります。貴方の携帯端末にチケットが収まるようになれば、新幹線の車両はあなたが切符を持っていることを自動的に確認できるようになります。また、ふと携帯端末を見ると、あなたの目的地と同じ所に行こうとしている人がいることが分かります。あなたは、その人とチャットして情報交換ができるようになります。

よく待ち合わせ場所には巨大なモニタが設置されていることがありますね。そんなモニタとあなたの携帯端末が通信できたら?あなたが携帯端末に書きこんだメッセージが、丁度ツイッターの TL のように巨大モニタに表示されます。あなたが重要な情報を提供すれば、その場に居合わせる他の人に瞬時に伝わるようになります。

休日に百貨店に買い物に行きます。あなたの端末にふと目を向けると、百貨店の全館案内が表示されています。どのフロアのどの位置に何があるかがあなたの端末を見れば全て分かります。端末ディスプレイの端っこにはお薦めの商品も表示されています。気になる商品を見つけたあなたは、そのテナントに向かいます。実際に商品を手に取り店員と交渉をし、その商品を買うことを決めました。決済はあなたの端末と店舗の機械が通信するだけで終わりです。

何件か買い物を済ませたあなたは手ぶらで家路につきます。かさばる商品を持ち運ぶ必要はありません。後日、仕事帰りの途中であなたは家の近くのコンビニエンスストアに行きます。あなたの端末と店舗の端末がネットワーク経由で情報の交換を行います。そして、あなたの購入履歴が確認できれば、コンビニエンスストアに配送された荷物を受け取ることができます。

あなたが撮った写真やあなたの書いた文章は、全てあなたの端末に保存されます。端末の中のオブジェクトは全てセキュリティで守られています。そして、自由に公開/非公開を選択できます。公開したあなたの写真や文章は全世界に公開されます。もはや、ブログサービスや SNS という概念はここにはありません。あなたの端末そのものがブログであり SNS なのです。また、クラウドという言葉も意味を失うでしょう。雲の一部になった水滴は雲の存在に気付くでしょうか?

会社でも大学のキャンパスでも、各人が使うデスクにはモニタとキーボードなどの入力デバイスが据え付けられるようになります。あなたは自分の携帯端末を持って席につきます。そして、今までと変わらぬスタイルで資料を作り、文章を書くことができます。その資料や文章はあなたの携帯端末に保存されます。また、会議室でのプレゼンもあなたの携帯端末とプロジェクタだけで行われるようになります。もはや、パソコンという概念はなくなります。モバイルという概念もなくなります。端末は常にあなたのそばにあるのが当たり前なのですから。

技術者は夢を語れ

実に馬鹿馬鹿しい夢なのかもしれません。本当にそんなことができるのかどうかすら怪しい夢なのかもしれません。人によっては、どこがどう夢なのかさっぱり分からないと思う人もいるかもしれません。

ですが、それでも技術者は夢を語るべきだと私は思います。馬鹿にされても良いから夢を語るべきだと思います。かつて、将来に夢と希望が持てた時代があります。幾つかの夢は実現されました。その陰で多くの夢は実現されることなく消えていきました。夢は必ず実現するとは限りません。ですが、夢や希望が次の一歩を踏み出すための原動力になったであろうということは確実に言えると思います。

IPv6 の夢はまだ潰えていません。今こそ、再び夢を語るべきだと私は思います。