時代の転換点を生きる

歴史の教科書に載る「今」

ここ数年の出来事は余りにも世界史的に大きいものです。その震源地は他でもありません、アメリカであり欧州です。

こう言ってはアメリカは怒るかもしれませんが、アメリカは世界の巨大なカジノでした。今から見れば明らかなことですが、2007 年頃までにアメリカで起こっていたことは住宅バブルでした。サブプライムローンというバブルで彼の地はどんちゃん騒ぎを楽しんでいたのです。ですが、砂上の楼閣はいつか崩れ落ちます。金融工学という魔法が解けた瞬間に、彼らはお金が消え去ったことに気付きました。そして残されたのは、遊び呆けた挙句に何も成し得なくなってしまった無力なアメリカという惨めな自分自身の姿でした。

アメリカの崩落で世界全体も無傷では済みませんでした。リーマンショックが起きた時、日本では能天気にも対岸の火事と見る向きが多かったように思います。ですが、既に世界は相互依存する関係になっていました。気付いた時には既に一蓮托生だったのです。お互いを固く結びつける糸は導火線でもありました。そして、アメリカで発生した金融火災は導火線を通って欧州にも引火したのです。ギリシャ、アイルランド、ポルトガルは次々に誘爆を起こしました。そして、先日スペインにまで火の手が回ってきたのです。今や欧州は危急存亡の時を迎えています。

ここ数年の出来事は確実に歴史の教科書に載る。そのように主張する人がいます。そして、私も似たような認識を持っています。今はまさに時代の転換点だと私は考えています。

ソビエト帝国崩壊という時代の転換点

今から20数年前にも世界は時代の転換点を迎えていました。ソビエト帝国の崩壊です。

1989 年は非常に大きな出来事が目白押しだった年です。まず、1989 年 6 月 4 日に中国で天安門事件が発生しました。民主化を求める中国の人たちと中国共産党との衝突です。あろうことか、中国共産党は自国民に銃口を突き付けました。のみならず発砲、多数の市民を殺害するところまで犯してしまった。考えられますか?もし、日本政府が自衛隊に命令を出して、市民を多数射殺したらどうなりますか?ソビエト帝国崩壊前夜、中国はのるかそるかの危機を迎えていたのです。

そして、1989 年 11 月 10 日にベルリンの壁が崩壊しました。私も当時テレビで様子を眺めていたことを覚えています。ただ、意味は分からなかった。冷戦が終わったんだ、めでたしめでたし、程度の認識しかありませんでした。実際はベルリンの壁崩壊はソビエト帝国の崩壊を決定づける出来事だったのです。ベルリンの壁の向こう側で、ソビエト帝国は次第に追い詰められて瀕死の状態にありました。

そして、1991 年、ソビエト帝国は崩壊しました。

ソビエト帝国の崩壊は、一つの時代の終わりであり、かつ別の時代の始まりでした。ソビエト帝国崩壊以前と崩壊以後では世界の流れが大きく変わりました。

まず、アメリカはその後にニューエコノミーと呼ばれる好景気がやってきました。私にはさっぱり分からないことですが、何やら新しいスタイルの経済システムだったそうです。その繁栄は半永久的に続くものだったそうです。恐らくサブプライム問題の発生と崩壊もニューエコノミーの一部だったのでしょう。そう考えれば、定義上、アメリカはニューエコノミーを謳歌し、かつ今も謳歌していると言えます。

欧州の統合問題も結局はソビエト帝国の崩壊による時代の転換が契機になっています。現在という視点から見れば、明らかにソビエト帝国崩壊というイベントが屈曲点となって欧州はその範囲を広げてきました。それは Wikipedia の EU のページなどをみていると良く分かることです。欧州はソビエト帝国崩壊後の世界にうまく適合して今まで凌いできたのです。

ただ、ソビエト帝国の亡霊は今でも生き続けています。それは中国共産党です。何故、彼らが生き残ったか?それは単純な話で、人々を食わすことができたからです。普通に暮らしている人にとっては実は政治体制なんて何だっていい、どうだっていいのです。ソビエト帝国本国は人々を食わすことができませんでした。だから崩壊した。中国は人々を食わすことができた。だから生き延びた。それが世界第2位の GDP を持つ中国という国です。裏を返せば、中国という国は人々を食わすことができなくなった瞬間に天安門事件が再発する運命にあるということですが…。

そして、日本はソビエト帝国崩壊後の 20 年間に歩調を合わせるかのごとくに衰退の道を歩んできました。日本の失われた 20 年はソビエト帝国崩壊後の 20 年と不気味な符合を見せています。もちろん、ソビエト帝国崩壊が日本の経済的没落を招いたとするのは論理が飛躍しすぎているでしょう。むしろ、ソビエト帝国崩壊後の時代の転換、つまり社会環境の激変に適応できなかったと解釈する方が正しいと思います。そうです、ある意味において、日本はソビエト帝国崩壊後にやってきた新時代のルーザー(負け犬)だった疑いが強いのです。

私もソビエト帝国崩壊後の 20 年を同時代人として生きてきました。その時代の渦中にあるときには分かりませんでしたが、今から振り返ってみれば、やはり 1991 年のソビエト帝国崩壊は時代の転換点だったのだ、ということを深く再認識せざるをえません。

世界の風景が激変する

今、世界中で起きていることというのはソビエト帝国崩壊に匹敵するような「歴史的事件」なのだと私は考えています。

もちろん、現在、世界で起きている経済システムの崩壊とソビエト帝国の崩壊は質的に異なるものかもしれません。ですが、ソビエト帝国崩壊とその後の激変を思い返すことは、これから起きることに備える「予行演習」として十分役に立つと思います。少なくとも心構えをするには十分でしょう。

結局、私が言いたいのはこういうことです。もう一度ルーザー(負け犬)になりたいですか?と。

ソビエト帝国崩壊後の世界の激変に気付いて日本の変革を企図した人は一杯いるでしょう。ですが、時代の根本的な移り変わりを単なる「対岸の火事」程度に考えて眺めているだけの人が多かったのではないでしょうか。そして、その過ちを繰り返していいのですか?と。

結局、この 20 年で日本は何が変わったのでしょうか。政治は変わりましたか?官僚機構はどうですか?経済は良くなりましたか?教育は旧態然としていませんか?少子高齢化でここまで苦しむことは、かなり前から分かり切っていたことなのに放置してきたのは何故ですか?

民間企業も同じです。日本の企業は世界を変革するような破壊的創造行為を行いましたか?世界に新たな価値を付け加えましたか?働く人の側はどうですか?公務員になりたいのですか?それはどうしてですか?長年勤めあげれば甘い汁が吸えるからですか?甘い汁なんて自分が努力しないと手に入らないものではないのですか?

もういい加減、したり顔で「失われた 20 年」などと言わない方がいいのかもしれません。それは他人事ではありません。それは「失った 20 年」なのではないですか?自らの意志で放棄した「失った 20 年」なのではないですか?環境の変化に合わせて自らを変えなかったツケが「失った 20 年」なのではないですか?そして、今度は何年分を失うつもりですか?

今後、世界の風景は激変すると思います。自分自身を変革する心構えはできていますか?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする