「すり合わせ型」IT は日本にとって福音か?

日本のお家芸「すり合わせ型」ものづくりで逆襲?

前回までの記事で、IT 産業が「すり合わせ」型に変化してきているのではないか、という話をしてきました。さて、ここからが本題です。この IT 産業の「すり合わせ型」化は日本にとってどういう意味があるのかを考えてみたいと思います。

「すり合わせ型」モノづくりで日本企業は強みを発揮してきました。1980 年代までの Japan as Number One の風潮のベースには、日本企業の「すり合わせ型」モノづくりによる品質の高さがありました。一部には変態的とまで言われる日本製品の品質の高さは世界中の称賛の的でした。そして、故障率の低さも日本製品の人気の秘密でした。

しかし、1990 年代ごろから世界的に「すり合わせ型」から「モジュール型」へとモノづくりの重心がシフトしていきます。「すり合わせ型」モノづくりは結構コストがかかります。「すり合わせ型」は調整作業の連続なので、とにかく手間暇がかかるのです。「モジュール型」は「すり合わせ型」を真っ向から否定しました。物凄く簡単に言ってしまうと、コストのかかる調整作業を市場(マーケット)メカニズムに代替させたのです。調整なんて市場(マーケット)が行うから、メーカーはやらなくていいんだ!各モジュールについて競争原理が働けば、後は市場(マーケット)が調整を行うんだ!というわけです。そして、「モジュール型」のモノづくりが世界を席巻してしまいました。その間、日本の「すり合わせ型」モノづくりは散々冷や飯を食わされてきました。

ところが、ここにきて IT 産業の「すり合わせ型」化が進行しているというわけです。ここでは日本企業の強みを生かすことができます。今まで、コテンパンにやられ続けてきた日本の IT 産業が、ここにきて逆襲できる可能性が出てきたというわけです。世界に冠たる日本の「すり合わせ型」IT の夜明けがやってきた!そう期待したいところです。

「すり合わせる」モノが無いという悲惨さ

そう言いたいところですが、そうそう話は簡単には進みません。IT 産業が「すり合わせ型」になったところで、なかなか日本の IT 産業が勝利を収めるという可能性は低そうです。

そもそも、すり合わせるべきソフトウェアが日本には「無い」のです。実にお寒い話ですが、ソフトウェアをあまりにも軽視し過ぎたために、日本では競争力のあるソフトウェアが作り出せなくなっています。クリエイティブなソフトウェア、などと言おうものなら … 鼻で笑われてしまうような社会です。これでは、まともにソフトウェアなんて作れるわけがありません。

日本ではハードウェアはまだまだ作れるかもしれません。日本の産業はハードウェアが得意ですから問題はないと思います。ですが、ソフトウェアが作れないのは致命的です。IT 産業とは、結局、ハードウェアとソフトウェアの組み合わせです。せっかく、ハードとソフトのすり合わせが価値となる時代がやってきたにもかかわらず、すり合わせるべきソフトウェアが作れない、というのでは全くお話になりません。

ハードの上に載せるソフトを作ればいいのでしょう?だったら何とかなるのでは?と思われるかもしれません。ですが、事は一層深刻なのかもしれません。既に、ソフトウェアというベースの上にどのようなハードウェアをトッピングするかが焦点になっている時代なのかもしれません。つまり逆なのです!ハードの上のソフトではなく、ソフトの上のハードなのです。現に、Android なんてそうでしょう?Android というソフトウェアの後にハードウェア各社が追随しているのですから…。

世界全体の IT 産業が「すり合わせ型」化したとしても、なかなか日本の IT 産業にとって追い風にはならなさそうです。この状況、どうすればよいのでしょうね?周回遅れは覚悟の上で、日本社会がソフトウェアとまともに向き合う所から始めていかないといけないのかもしれません。