ニーチェの「感染力」

ニーチェという隠し味

ある人のブログを読んでいて、ふと、ニーチェのことを書こうと思い立ちました。そのブログでは「善悪の彼岸」のことが論じられていました。この著作はニーチェの主著というわけではありませんが、ニーチェ中期の重要な著作の一つです。

ニーチェの事を書くとなると、私は複雑な心境になります。ニーチェというのは19 世紀が生んだ巨大な思想家なのですが、実に扱いにくい素材なのです。学者の永井均さんという方は「ニーチェは徹頭徹尾役に立ちません!」と言っておられます。実際、ニーチェが言っていることは何の役に立ちません。なので、本来は読む必要もありません。読む必要が無いにもかかわらず、ニーチェは多くの人に「感染」して世界に大きな影響を与えてきました。

今の世の中、ニーチェが大っぴらに語られることはまずありません。ニーチェを読んでその影響下にあるにもかかわらず、そういう人たちがニーチェのことを大きく宣伝することはありません。大抵の場合、ニーチェという素材を前にして逡巡してしまうのでしょう。

そのためでしょうか、そういう人たちによって、ニーチェは常に隠し味として使われてきました。作品や著作の中にヒントが提示される程度の扱い方がされてきました。そして、ニーチェ読みは「結局、この人も感染した人なのだな」と感じて共犯者の感覚を抱くのです。

ニーチェに感染した人たち

ニーチェに「感染」した人は世の中に一杯います。

以前、このブログで「ノマドのネタ本」についての記事を書いてみました。その中で紹介したドゥルーズなんかは、露骨にニーチェの影響下にあります。ドゥルーズはニーチェに関する本を何冊も書きました。ドゥルーズは自他共に認めるニーチェの末裔です。

また、浅田彰さんも結局はニーチェの影響下にあります。ただ、浅田彰さんの場合はジョルジュ・バタイユという思想家の影響の方が強いのかもしれません。ジョルジュ・バタイユという人は、エロ小説家で図書館司書で思想家という訳のわからない人です。ジョルジュ・バタイユは「蕩尽」という倒錯的な事を言い出しました。「貧困」で困る世界ではなく、「過剰」に悩む世界という図式を提示しました。ジョルジュ・バタイユについて話を始めると長くなりすぎるので割愛しますが、とにもかくにも、ニーチェの語った事を地で生きた人と考えておけばいいと思います。ジョルジュ・バタイユはニーチェに連なる系譜に属しているのです。

そんなジョルジュ・バタイユに感化されて割腹自殺した作家が日本にいます。三島由紀夫です。三島由紀夫は右の人という印象が強いかもしれませんが、ところがどっこい、この人は結局右も左もどうでもよかった人なのではないかと私は思います。むしろ、バタイユとその源流であるニーチェが、この人の奥底で蠢いているように思えます。そして、三島由紀夫はそのことを絶対に表には出すことはありませんでした。この部分こそ三島由紀夫の語りえぬ秘密だったのです。

岡本太郎がジョルジュ・バタイユと交流があったことをご存知でしょうか?フランスに留学している時に、岡本太郎はジョルジュ・バタイユと親交があったそうです。私から見れば、岡本太郎とジョルジュ・バタイユの関係は、水と水、あるいは油と油の関係です。ウマが合わないわけがない。その岡本太郎の生き方も実にニーチェ的です。

時代は下りますが、1990 年代に「援交」ネタで一世を風靡した宮台真司さんという現東京都立大学の教授がおられます。この人は「意味から強度へ」というフレーズとワンセットで語られることが多いです。本人も仰っておられる通り、このフレーズの元ネタはニーチェに他なりません。

少し前にこのブログで触れた、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を最初に読んだ時、私は驚きを隠すことができませんでした。マックス・ウェーバーは資本主義の行く末に「おしまいの人々 (der letzte Mensch)」という予想図を配置していたからです。「おしまいの人々 (der letzte Mensch)」というのはニーチェの重要なライトモチーフの一つです。そうか、ウェーバーもニーチェに「感染」した人なのだな、と私は思わざるをえませんでした。

ニーチェを読む

冒頭でも述べましたが、ニーチェを読んでも何も得することはありません。何の役にも立ちません。それにもかかわらず、わざわざ読んで「感染」してしまった人は結構な割合で存在します。しかも、そういう人に限って社会的影響力が大きかったりします。なので、「元ネタを知っておく」という意味でニーチェを読むのは悪くないと思います。まぁ、そうやって「感染」していくのですが…。

最初に挙げた永井均さんの「これがニーチェだ」という本が、手堅くまとまっていて良いのではないかと思います。新書なので手軽に読めます。

また、ニーチェが書いたものを一冊だけ読むとしたら「この人を見よ」あたりが良いのではないでしょうか。いきなり読むと、「何言ってるんだ、コイツは?」と思ってしまうはずですが、そういう人と思想なのでそれは仕方がないと思います。

何度も言いますが、くれぐれも「感染」にだけは気を付けて…

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