連続説で眺める日本経済

東日本大震災の影響

東日本大震災は日本に余りにも大きなダメージを与えました。この地震により多くの人命が失われました。また、東北地方の沿岸部では津波による甚大な被害を被りました。経済的には東日本大震災の後で株価は下落した一方で、為替は急上昇して多くの輸出企業が苦境に陥りました。

私は阪神大震災の罹災者です。ですから、大地震の恐ろしさを身を持って知っているつもりです。東日本大震災の発生直後に私の頭を駆け巡ったのは、これからの復興にどれだけ長い時間がかかるだろうか、ということでした。

確かに、ビルや道路といった「ハード」の部分に関しては、比較的、短期間で復興することができます。阪神大震災の時もそうでした。気が付けば、高速道路も鉄道も港湾も… 都市機能のあらゆるハードウェアが修復されていきました。しかし、「ソフト」の部分はなかなか元には戻らないのです。「ソフト」の一側面である「経済」に関して、阪神大震災の罹災地域はまだまだ回復したとは言い切れません。私はそう感じています。

今回の東日本大震災は日本経済に対するトドメの一撃。そう感じた方は多いのではないでしょうか。私自身もそのように感じていました。ですが、もう少し長いスパンで歴史を見てみると、そのように悲観的に考える必要もないのではないかと思えてきます。

歴史を見る目:連続説と断絶説

日本の高度経済成長が何時始まったかをご存知でしょうか?実は、日本経済史の本を読んでいると面白い話が書かれています。論者にもよりますが、日本の高度経済成長は大正時代から始まったとされています。そして、1980 年代ごろまで、その高度経済成長が続いたとされています。つまり、日本経済史の中では「高度経済成長前(大正時代以前)」「高度経済成長期(大正時代から1980年頃まで)」「高度経済成長後(1980年頃以降)」の 3 つの時代区分に分けられているのです。

ここで非常に面白いのは、太平洋戦争の前後で日本経済の時代区分が入っていないことです。戦争という余りにも大きな出来事ですら、歴史という大きな流れを変えることはできないという視点がここにはあります。確かに、太平洋戦争の結果、経済的に日本は沈んだように見えるのですが、大正時代から始まる高度経済成長というベクトルは変わらなかったのです。

このような歴史観の事を連続説と言います。歴史というのはある大きなイベント(この場合は戦争)という断層の前後で何から何までがガラリと変化するものではないとする立場です。一方、このような歴史的断層の前後で根本的な変化があると考えるのが断絶説です。

連続説あるいは断絶説のいずれが正しいのかは分かりません。ですが、歴史を見る視点として、このような 2 つの視点があることを知ることは大切でしょう。そして、様々な観点から検討することで、ある歴史的イベントの重大さを吟味することが大切でしょう。

「外れ値」としての東日本大震災

このような発想を起点とすれば、今回の東日本大震災が本当に日本経済にトドメを刺したのかどうかを再検討する必要が出てきます。

今、この記事を書いている時点では忘れ去られていることかもしれませんが、実は2011 年初頭というのは景気回復の兆しが見えていたのですね。当時、各種メディアなどでも日本経済の景気回復の話がささやかれていました。例えば、こんな記事があります。

日本の景気回復は本物か[日経ビジネスONLINE : 2011/01/31]

また、2010 年秋ごろから 2011 年初頭にかけて、日経平均株価もジワジワと上昇傾向にありました。日経平均は 10,000 円を超えて、ようやく 11,000 円にタッチするかどうかというところまでやってきていたのです。

確かに、この後に東日本大震災がやってきて日本経済の先行きは一気に暗転するわけですが、問題はこの景気回復のベクトルがどの程度本物だったのかということです。日本経済が構造的に強さを取り戻しつつあったのならば、東日本大震災のダメージを乗り越えて、日本経済は安定と繁栄の道に再び戻ってくることでしょう。歴史の連続性の前では、東日本大震災は「外れ値」に過ぎないのかもしれないのです。

もちろん、この発想は極端に過ぎるものかもしれません。また、東日本大震災を「瑣事である」とするものでもありません。この出来事は日本にとって極めて沈痛な出来事であったと私も思っています。ただ、ここで私が言いたいのは、大きな歴史の奔流を判じるにあたって、東日本大震災という出来事を、あえて「引き算」して眺めてみるという視点も重要なのではないかということです。