個人間の自由な競争という悪夢

競争なんてしたくない!

経済学の教科書を見てみると、一般に自由競争は望ましいものとされています。なぜならば、社会の中で自由競争が起きることで資源の最適な配分が達成されるからです。自由競争市場では、市場の各参加者は利潤を出すことができません。利潤が発生するということは、まだまだ資源の最適配分を行う余地があるということだからです。自由競争市場では、価格メカニズムを通じて各市場参加者の利潤が消滅する方向に調整が行われ、最終的に資源の最適配分が達成されます。

ただ、自由競争が望ましいと言えるのは「社会全体の観点から見て」という但し書きが必要になります。この点は結構重要です。確かに自由競争によって資源の最適配分が行われるのですが、これは社会システムの設計者から見た時にのみ望ましいと言えることなのです。

別の言い方をすれば、自由競争という代物は、その市場参加者から見てみれば「とんでもない」代物なのです。自由競争などというものが実現されてしまえば、自分自身が獲得できたかもしれない利潤が全て吹っ飛んでしまうのです。どんなにあがいても利潤を出すことができません。そんなシステムは「悪」以外の何物でもない。市場参加者から見れば、普通は「自由競争なんて絶対反対!」になるはずなのです。

戦略とは競争をしないこと

営利企業はより大きな利潤を獲得するために活動をしています。そんな営利企業にとってみれば「自由競争」は絶対避けるべきことです。ところが、社会全体の視点から見れば、できるだけ営利企業に自由競争をしてほしいと考えているいるのです。そして、営利企業に競争させる仕組みを一生懸命作り出そうとする。営利企業の側から見れば、そんなことをされてたまったものではありません。だから、それに対抗するかのように、各営利企業は如何にして競争をしないようにするかを必死で考えるのです。ある意味において、「戦略」というのは「如何に競争をしないか」を必死に考えることに他なりません。

よく「差別化せよ」という戦略が語られることがあります。何故、差別化することが有効なのでしょうか?それは他の企業に対する差別化を図ることは、すなわち競争しなくて済むということだからです。その結果、高い利益を獲得する機会が増えるのです。つまり、自由競争から逃れるために企業は「差別化」を必死で考えるのです。

同様に「ニッチを狙え」という戦略もあります。これも競争を回避するということに他なりません。なぜならば、他に競争相手のいない場所に自分自身のポジションを置けば、競争なんて発生のしようがないからです。たとえ競争が発生するにしても、大規模な競争が発生する可能性は低いでしょう。そんなニッチな場所である限り、多数の市場参加者同士で激烈な競争を繰り広げることに較べれば、利潤を叩きだすことは遥かに容易になります。

結局、営利企業にとってみれば自由競争とは「悪」以外の何物でもなく、そんな「悪」に関わらないですむように必死で「戦略」を考えているのです。

個の時代がやってくる?

最近、個の時代ということが盛んに喧伝されているように思います。話を聞いていると、何やら、これからは組織に所属するのではなく個人として仕事をしていくというスタイルが主流になってくるということのようです。

このように主張する人というのは「自由競争を熱烈に望む」という希有な人のように私には思えてしまいます。自由競争をした方が良い(実際、社会的には望ましいのですが…)のだ!これからの時代は組織間ではなく個人間の競争社会になるのだ!皆、個人間の競争の時代に備えるべきなのだ!そういう風に私には聞こえます。

ですが、普通は競争なんて「渋々参加させられるもの」なのです。自ら進んで競争をしたいと思う人は… 私にはあまり合理的だとは思えません。そこに合理性があるとするならば、よっぽど腕っ節に自信があって競争を勝ち抜く自信があるか、既に競争に巻き込まれないような仕組みづくりを終えているか、あるいはその競争環境の外部に陣取ってアジを飛ばしているだけか、このうちのどれかだと私は思ってしまいます。

また、誰も競争なんて望んでいないということを敷衍するならば、そうそう簡単には個人間の競争社会は実現しないと思うのです。2000 年代に入ってから派遣社員を活用する企業は増えてきました。企業の側の本音としては労働市場が競争的になってくれた方がありがたいのです。最近では自社の従業員の多くを派遣会社に移籍させるという荒業を敢行する会社だって出てきました。ですが、そんな従業員の中から「やった!今日から俺は社畜じゃない!これから俺は自由な競争の中でバリバリ稼いでいくぞー!」なんて声が聞こえてきたことがありますか。そんなことはない。個人間の自由な競争なんて誰もやりたくないのです。

さらに、もし仮にそういう社会が実現してしまえば、個人間競争を煽っていた人自身が苦しくなることになります。だって、競争が激化してしまうわけですからね。渋々競争に参加してくる人の中にはかなりの強敵も含まれているはずです。そういう人と自由な競争環境で戦っていくというのは… 相当に骨が折れるだろうなと私は思ってしまいます。

個の時代がやってくる。そんなものが本当にやってきたら、結構大変なことになるのではないかなと私なんかは考えてしまうのです。

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