経営者目線という謎の言葉はいい加減撲滅してはどうか?

経営者目線という謎の言葉

時々耳にする言葉として、経営者目線というものがないでしょうか?私は時々耳にします。会社のお偉いさんとかが「ウチの社員は経営者目線を持っていないからダメなんだよ」とか得々として語る場面に結構出くわします。

そもそも、この経営者目線って一体何なんでしょう?よくよく考えてみると全く意味が分からない。

一従業員であっても経営者と同じような視点で物事を考えるようにしろ、といったところでしょうか。喉元まで出かかっている本音の部分は、一従業員であっても経営者レベルの責任を持て、ということなのかもしれません。

全ての従業員が経営者の視点と責任感を持って事に対処する。そうして高い成果を出して成長をする。なんだか、話だけを聞けば余りにも、余りにも美しすぎるストーリーなのですが、こんなものが本当に実現できるのかどうか、私にはその点が疑問なのです。

従業員に経営者目線を持たせる秘訣

権限と責任の一致という考え方があります。組織の設計をするときの原則論です。組織を設計するときには、各組織に対して明確に責任を定義するとともに、その責任を遂行するのに必要な権限を与える必要があります。

ここでポイントになるのは適切な権限を与えるということです。権限もないのに責任だけ押し付けるとかはあり得ないことなのです。自身の判断で制御できるからこそ、その制御した結果について責任を取ることができるのです。

責任を持たせるのであれば、その責任を負うことに対して報酬が支払われなければなりません。成果主義の考え方を下敷きにすれば、背負う責任が大きければ大きいほど、その成果に見合っただけの報酬が支払われなければなりません。もちろん、マイナスの成果だってありえるわけですから、報酬がマイナスになる事だって覚悟する必要がありますよ。

経営者目線という経営者レベルの責任を一従業員に持たせたいというのであれば、まず、その責任を果たすことができるだけの権限を与えることです。そして、経営者並みの報酬を支払うべきです。

こういう仕組みを作れば、経営者目線を一従業員レベルにまで持たせることができるでしょう。ただし、全ての従業員が大きな責任を持ちたいと考えているとすれば、なのですが・・・

誰も責任なんて取りたくない

このような問題を考えるために、リスクに対する人間の反応パターンの理論的な側面から見ていきましょう。

リスクに対する人の反応パターンは大きく分けて二つに分類できます。リスク回避型とリスク選好型です。リスク回避型というのは、できるだけリスクを回避して安定した結果を長期間にわたって享受したいと考えるタイプのことです。一方、リスク選好型とは、結果のバラツキを恐れず、果敢にリスクを取っていこうとする人間類型のことをいいます。

よく言われることですが、大抵の人間はリスク回避型です。身の回りの人を見てもそう感じませんか?口先でどのように言おうとも、サラリーマンをやっているような人であれば、心の底では生活の安定を一番に考えて行動しています。リスク選好型の生き方をするような人は、そもそもサラリーマンなんかバカバカしくてすぐにでも辞めてしまいます。逆に言えば、組織の中でぬくぬくと暮らしていきたいと考えている人は、そもそも責任なんて取りたいとは考えていません。

経営者目線は経営者しか持ちようがない

ここまで話をしていてもうお気づきでしょう。一従業員が経営者目線を持つなんていうことは、そもそも矛盾しているのです。

一従業員はリスクなんて取りたくない、責任なんて取りたくないと考えています。リスク回避型の行動パターンだからこそ、一従業員の立場に甘んじているのです。

そんなリスク回避型の人間に対して、経営者目線を持たせるために責任と権限を適切に分け与えるということをしても、うまくいきません。そもそも責任を取りたくないと考えているのですから、のらりくらりと権限自体を自ら封じていくようになります。もっと悪質な場合には、権限のみを最大限活用する一方で責任をなんとか回避しようとする行動を取るようになります。

経営者目線というものは経営者にしか持ちようがありません。

他人に経営者目線を持たせるという名目で責任転嫁しようとしても最終的には自らが経営者としての責任を果たさなければなりません。経営者をやっていれば、そこから逃げることはできません。ならば、最初から経営者目線を従業員レベルに持たせようとしない方が得なのではないでしょうか?そんなの土台無理な話なのですから。